「POWER-UPシリーズと4技能の総合的な指導」

1. はじめに

 あなたはサッカーチームのコーチです。優れた選手を育てるためにa)とb)のどちらの練習メニューを組みますか。

a) ドリブル・シュート・リフティング・
ヘディングなどの個々のスキル練習
b) 紅白戦や練習試合などの実戦的な練習

 有能な選手を育てるには,おそらく,a)あるいはb)のどちらか一方ではなく,両方を取り入れて練習させることでしょう。

2. 4技能の総合的指導と統合的活用

 現行の中学校学習指導要領では「4技能の総合的な指導を通して,4技能を統合的に活用できるコミュニケーション能力を育成する」ことを目指しています。上の例で個別のスキルに焦点をあてたa)は総合的な指導にあたります。そして培った個別のスキルをつなげて実戦で使うb)は統合的な活用にあたります。a)では各スキルに個別に意識を向けて,それぞれの技能を区別して訓練しますが,それらが統合されるb)では各スキルがお互いにつながっていて,それぞれは区別できなくなります。
 英語の授業でもサッカーの例と同様に,4技能それぞれに意識を向けた総合的な指導も,実際のコミュニケーションの場面で4技能を統合的に活用させる指導も,どちらも必要ということです。

3. Sunshine における総合的指導と統合的活用

 本連載シリーズVol. 2Vol. 3で新里先生と大塚先生から説明があったように,Sunshine English Course(以下,Sunshine)は,通常課の見開き2ページがBasic Dialog, Listen, Speak, Try, 本文,Writeから成っていて,左上から順を追って授業を進めていくと,総合的に4技能を育成できるようになっています。そして,本文以外の活動は幅広いレベルの生徒が取り組みやすいように,難易度を低く抑えています。これは生徒に「できるぞ!」と思わせ,「できるから楽しいな」「楽しいからもっとやってみよう!」という気持ちを引き出すためです。先生方の中には,通常課の練習活動は簡単過ぎると思われる方もいらっしゃるかもしれませんが,新出事項の定着に加えて,生徒のやる気を引き出すチャンスとしてこれらを利用していただけるとよいと思います。
 しかし,やさしい課題に取り組むだけでは実力は伸びません。スポーツで自分より弱い相手とばかり練習しても,技量が高まらないのと同じです。自分のレベルを上げるには,格上の相手や普段は遭遇しないタイプの相手と対峙することが必要です。そこでSunshineでは,4技能に個別に意識を向け,少しチャレンジングな練習をする機会としてPOWER-UPシリーズを随所に配置しました。通常課ではサクサクとタスクをこなし,POWER-UPシリーズではチャレンジングなタスクにじっくり取り組むのです。
 ただし「読む」ことについては通常課の本文を通してチャレンジングなレベルに取り組んでいます。1年生のPOWER-UP Readingでは,通常課にはないタイプの英文と活動を扱っています。2,3年生ではまとまった読み物を取り上げているReadingの課があるため,ReadingのPOWER-UPはありませんが,内容を楽しみながら長文を読むExtensive Readingを巻末に載せました。
 外国語能力には「流暢さ」と「正確さ」の2つの側面があります。Sunshineでは,「流暢さ」を育てるためにサクサク進む「多聴・多話・多読・多書」と,「正確さ」を育てるためにじっくり取り組む「精聴・精話・精読・精書」の両方の活動を配置して,多面的に英語力を養うようにしました。そして本連載シリーズVol. 1で中嶋先生からお話があったように,My Projectを「扇の要」として,学期を通して総合的に育成した4技能を相互につなげて統合させ,コミュニケーション活動に活用します。

4. POWER-UPシリーズの背景

 前節では,個別の技能に意識を向け,普段の授業よりもレベルの高い訓練をするPOWER-UPシリーズの役割を述べました。ここでは言語習得の基盤であり,小・中の英語教育の接続に重要な役割を果たすListeningに注目して,POWER-UPの背景にある考え方と活用方法を述べます。

1)背景1 チャレンジングな教材をやさしく教える

 POWER-UPシリーズは通常課と比べてやや難易度が高く設定されています。しかし,タスクが難し過ぎると生徒はお手上げになり,やる気が消失します。そこで,生徒に難し過ぎるという思いをさせないために,「易⇒難」の順に設問やタスクを並べ,small stepを踏んで取り組めるようにしました。

2)背景2 「正確さ」に焦点をあてる指導

 近年,小学校外国語活動の導入,ALTの活用,「授業を英語で行うことを基本とする」という文部科学省の指針などによって,一昔前に比べて生徒が授業中に聞く英語の量は格段に増えています。言語は「聞く」ことを基盤として獲得されるという発達過程を考えると,これはたいへん喜ばしいことです。しかしながら,留意しておきたいことがあります。外国語学習には,意味(メッセージ)を重視するだけでなく,言語の形式に注意を払う聞き取りもあるという点です。
 授業中,児童・生徒は,教師やALTが発する自分のレベルに合ったteacher talkを無理なく理解し,話の内容を楽しみます。サクサクとたくさん聞くことは「多聴」として効果的です。しかし聞きっぱなしであるため,聞き取れなかった英語は聞き取れないまま放置されます。どこが聞き取れなかったのか,どうして聞き取れなかったのか確認し,それを聞けるようにするための指導がありません。そこでPOWER-UP Listeningでは,言語の形式と正確さに目を向け,聞きっぱなしにしない指導を補うようにしました。

5. POWER-UPの指導の実際

 ここでは上述の1)と2)が,実際にPOWER-UP Listeningでどのように指導されるのかを見てみましょう。
 例えば,1年POWER-UP ⑥ Listening(教科書p.75)は,スピードが速く,情報密度の濃いラジオコマーシャルを扱っていて,1年生のこの時期(2学期)の音声素材としては難易度が高いと言えるでしょう。

POWER-UP

 タスク- (1)では,まず話題になっている商品を聞き取ります。ところどころ聞き取れる単語や表現をつなぎ合わせて,大胆に推測して解答します。続く- (2)では,流れてくる英語のかたまりから,内容理解にかかわる重要な語を聞き取ります。チェックが入った単語をヒントにすると,話題を推測できます。<図1>

<図1>POWER-UP ⑥ Listeningのタスク

 タスク- (1)では,商品の特長,重さ,値段を正確に聞き取ります。そして,- (2)では(  )に入る単語を聞き取ります。これは英文を構成する単語に注意を向けさせ,細部に注意を払うようにさせるためです。教科書の文字情報がヒントとなって,タスクが生徒にとってチャレンジングでなくなる場合は,教科書を閉じたり,下敷きで隠したりすると難易度を調整できます。<図2>

<図2>POWER-UP ⑥ Listeningのタスク

 タスクでは,スクリプトを見て自分が聞き取れなかった部分を確認し,音と文字を結びつけるようにします。聞きっぱなしにはしません。確認をして正確に聞き取れるようになったら,音声のあとについて言う,いわゆるシャドーイングを行います。<図3>

<図3>POWER-UP ⑥ Listeningのタスク

 このようにステップを踏んだタスクを通して徐々に聞き取れる部分を増やし,最終的には音声と文字が結びつくようにして,あいまいな部分を残さないようにします。また,タスクごとに聞き取りの焦点が変わるので,同じ教材でも毎回新しい視点から聞き取ることができ,知らず知らずのうちにくり返し聞かせることができる点も特長です。

6. POWER-UPシリーズの発展的活用

 ここでは,発展的にPOWER-UPシリーズを利用する方法を,前節と同じくListeningを例にご紹介します。
 ふだんの授業では主に内容理解を大切にする多聴を行っているので,POWER-UP Listeningでは,1言1句正確に聞き取る精聴活動がおすすめです。前述の<図2>のように,教科書では,スクリプトの一部を書き取らせますが,時間があれば全体を書き取らせるディクテーションをさせてもよいでしょう。はじめは聞き取れた部分を書き取らせますが,そのあとは聞き取れない部分を自分の語彙力・文法力を駆使して推測して書き取らせます。
 自分が聞き取ったものを可視化することで,自分が正しく聞き取れたところと聞き取れなかったところを明らかにすることができます。できていないことをできるようにしなければ,聞き取れない部分はいつまでも聞き取れないままです。冠詞や複数形の語尾などの聞き取りは難しいのですが,正確に書き取ろうとすることで,言語の形式に意識が向きます。こうした活動は小学校外国語活動との接続を担う1年生から取り入れるとよいでしょう。生徒は小学校外国語活動では,場面や状況から推測してトップダウン式に英語を理解してきたので,ボトムアップ式の聞き取りで正確さに対する意識を高めるようにします。
 ところがディクテーションによって理解の程度が可視化されると,それまでできると思っていた英語が実は正確にはわかっていなかったことが明らかになり,生徒はショックを受けるかもしれません。そこで,英語に対する自信を失わないようにするためには,何回も聞いて,スクリプトを見ないでシャドーイングできるようになった英語に対してディクテーションをさせるとよいでしょう。 シャドーイングは音声ディクテーションとも考えられます。スクリプトを見ないで正確にシャドーイングできるようにすることでディクテーションの代わりとすることもできます。書くことが求められないので,活動の難易度は低くなり,活動時間も短縮できます。
 また,協働学習の視点を入れるならディクトグロス(文章復元練習)もよいでしょう。CDで英文全体を2回流して,生徒は聞きながら英語を書き留めます。その後,書き留めた断片をもとに,もとの英文を再生させます。個人活動が終わったら,ペアやグループ活動で協力して,欠落している部分や聞き誤りを修正し,もとの英文を再生させます。

7. 最後に

 4技能とそれを支える語彙力・文法力のすべてにわたり総合的・統合的に英語力を培うことは,学校だからこそできる指導です。例えば,英会話学校は話す訓練を,学習塾は文法知識の習得をそれぞれ取り出して行っています。実際のところ,授業中に先生方は特別な意識をしなくても自然と統合的にコミュニケーション活動を行っていることと思います。生徒の,真に使える英語力を育てるのは先生方ですから,あらためて日ごろの指導をふり返り,これまで何気なく行っていた4技能の総合的な指導を通した統合的な活用能力の育成に,新たな視点から意識を向けてみてはいかがでしょうか。

西垣 知佳子 (にしがき ちかこ)
西垣 知佳子 明海大学を経て1996年度より千葉大学に勤務。現在は同大学教授。教育学部で小・中・高の英語教員の養成を担当。専門は英語教育学。特にリスニング・スピーキング,4技能の統合,語彙・文法の指導,多読,ICT教材の作成と活用に関心を持っている。学生には「英語力」「授業力」「人間力」を備えた英語教師に育って欲しいと願って指導し,授業ではThe more we do, the more we can do.を信条として,「経験すること」「活動すること」を大切にしている。
主な著書
『猜猜“我”是誰?親子遊戯識物図册(漢,英,日,韓対照)』(外国語教学与研究社:北京),『生活語彙が楽しく身につく!小・中学生の英語カルタ&アクティビティ30』(明治図書),『全面改訂版 サンシャイン英和辞典』(開隆堂),『デイリー英単語 あら・かるた』(開隆堂),『リスニングが上達する! 英語楽習マガジンNon Stop English Wave』(日本英語検定協会,監修),NHKラジオ講座『英語リスニング入門』番組講師(2002年~2004年)など。