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新学習指導要領の「新機軸」とは何か(後編)
中嶋洋一(関西外国語大学教授)
令和3年度から完全実施となる中学校の「新しい学習指導要領」では,おもに次の3つが新機軸になると考えられます。
これらを踏まえた指導を行うポイントについて,全3回(前・中・後編)に分けて述べていきたいと思います。今回(後編)のテーマは,「技能どうしをどうリンクさせるか」です。
言語材料を単体で教えるのではなくリンクさせる,関連事項(不定詞,比較表現,分詞,関係代名詞など)は,まとめて体型的に教えたほうが理解・定着しやすいと言われています。
エビングハウスの忘却曲線(Forgetting Curve)によると,人間は1日後には74%も忘れていると言われています。しかし,ここで注目すべきは,残りの26%の覚えている内容とはどのようなものなのかを知ることです。
人間の脳は,自分が関心のないもの,大事だと思えないもの,そして断片的なものや箇条書きのように脈絡がないものはすぐに忘れてしまうようです。一方で,自分が関心のあること,自分にとって大事なこと,関連性のあることはずっと覚えているという特徴があります。よって,今までのように,1時間に1つの言語材料を扱う(座布団を積み上げるように順に教えて行く)指導では,断片的なこと,箇条書きのような内容になりやすく,覚えて行く先々からどんどん忘れていってしまうことが考えられます。最後のゴール(タスク活動)に向けて,今やっていることがどんな意味をもっているのか,なぜそれをするのかを事前に教えておくと,関連づけて覚えるので,忘却の度合いが低くなります。
また,関連性のあることを取り上げるには,指導内容を工夫する必要があります。たとえば,できるだけ関連する言語材料をまとめて指導する,本文をページごとのぶつ切りではなく,大きなまとまりで,つながりのあるパラグラフを組み合わせて読み取る。さらに,復習のために,retellingやtaskやpersonal questions(評価発問)などを生かして,まとまった言語活動をさせる,といったことです。
こうすれば,より記憶に残りやすくなります。鍛えなければならないのは「暗記力」よりも「連想力」です。連想力を高めることで,内容を深める質問ができるようになり,コメント力も高まります。今までのような,ページごとの「新出単語・新しい言語材料・本文の読みと内容理解・プリント・表現」といった流れは,教師の長年の「慣習」であっただけで,本当は,学習者にとっては「忘れやすい」プロセスであったということが言えそうです。何より,教師の創意工夫次第で,単元が自由自在にコーディネートできる醍醐味があると,俄然生徒の学習意欲が違ってきます。
「彼らには無理,難しい」と教師が生徒を過小評価してしまうことを「ゴーレム効果」と言います。これでは,生徒が萎縮してしまい,彼ら自身も「無理」と考えるようになります。また,よかったときだけ褒める「ホーソン効果」も,学習者の信頼は得られません。学習者の内発的動機づけ(intrinsic motivation)を図り,自己学習能力を高めることができるのは「ピグマリオン効果」であると言われています。
ピグマリオン効果とは,個々の実態に応じた期待をして励ますこと。継続して観察をし,適切な場面で適切な評価をすることです。教師が「できない」と考えてしまう原因は,「そのような授業」を日頃から目指していないということにあるようです。「正しい山」の頂上を具体的にイメージできないと,途中の指導プロセスや足場かけも準備できなくなります(「正しい山」については,前編をご参照ください)。逆に,生徒のポテンシャルの高さや感受性の豊かさを知ることで,「すごいなぁ」という感嘆が生まれてきます。すると,「無理,難しい」ということばは出てこなくなります。
クラスには「キュウリ・タイプ」の生徒と「トマト・タイプ」の生徒が共存しています。キュウリは,朝のうちにたっぷりと水をやらないと枯れてしまいます。生徒にたとえるなら,目をかけてやらねばならないタイプです。
一方,トマトには水をほとんどやりません。トマトは,空気中から自分で水を摂るからです。水をやりすぎると,水っぽくなって美味しくなくなります。教師のSOS(喋りすぎ,教えすぎ,仕切りすぎ)によって,トマト・タイプの生徒のポテンシャルが発揮されないとしたら,あまりにもったいない話です。
クラスのよい雰囲気を醸成できるかどうかは,トマト・タイプの生徒たちをどれだけ伸ばせるか次第です。彼らは,学習のロール・モデルであり,メンターです。教師が教えるよりも,仲間のよい取り組みを見せ,考え方に触れさせる指導(メンタリング)のほうが,はるかに効果が上がります。どちらかというと,教師は,下位の生徒に合わせて「安易な課題(すぐにできるような課題)」を用意しがちです。しかし,それによって,クラスの雰囲気がどんよりしてしまう状況につながっていることに気づかなければなりません。
プロジェクト型の学習や retellingのように自由度が高い学習では,個々の「創意工夫」が発揮されます。それこそが,まさに「協働学習」であり,仲間の取り組みやよいモデルを知ることが「足場かけ」になります。SUNSHINEをお使いになられている先生方から「My Projectの時間がなかなか十分に取れない」という話をうかがうことがありますが,その問題の多くはタイムマネジメントが原因のようです。そのような悩みをお持ちの方は,授業の流れが次のようにパターン化されていないでしょうか。
①帯学習 → ②文法の説明 → ③文法定着のためのプリント → ④新出単語(おもにフラッシュカード)の説明 → ⑤教師による本文の範読 → ⑥個人練習 → ⑦ペアでの練習(代表の発表) → ⑧本文の説明と日本語訳 → ⑨表現活動(まとめ)
こうなると,どうしても日本語を多用する授業になってしまいます。特に,下線を引いた部分の時間的なロスが大きいようです。教師の発問の工夫により,③や⑧は大幅に時間短縮が可能です。また,英語を英語のまま理解させるためには,チャンク指導(英文は,名詞チャンク,動詞チャンク,副詞チャンクの3つしかない)を日頃から徹底しておくことが大切です。たとえば,教科書の本文中のチャンクを自分で見つけて線を引く(かたまりに印をつける)という指導です。
プロジェクト型学習で活動の自由度を高めてやると,こだわりが生まれてきます。ここを時間の制約で,急がせてしまうと「陳腐な内容」のものが続出します。作品や発表には「一旦,寝かせておく時間」と「再構築する(練り上げる)時間」が必要です。合唱コンクールのリハーサルを前日ではなく,1週間前に行うのと同じです。そこで,自分たちの立ち位置を理解すると一気に気合が入ります。それと同じで,準備したことを次の時間にすぐやらせるというのは,よい指導とは言えません。
生徒の英語力を伸ばしている教師は,どの単元も同じような時間配分でシラバスを作るのではなく,表現活動などで時間が必要なケースは,カレンダーを見ながら「土日を挟んで,準備や発表ができる」ようにしています。My Projectも,準備段階と発表段階とに「分割」し,時間をかけてしっかりと準備ができるように仕組んでいます。 こうすると,熟考されたもの,十分に練り上げられた,こだわりのある作品や発表が数多く生まれてきます。大切なのは,「流す・こなす」という発想から,「知りたい」「伝えたい」を引き出すような発想に転換することです。
私たち教師が心がけなければならないのは,個々の生徒の「学力の伸長」であり,「心の成熟」です。そのためには,「気づき」「自己決定」「達成」だけでなく「葛藤(もどかしさ)」や「つまずき」といった部分も学習の中に意図的に組み入れていかねばなりません。物事に対して,最初から「主体的な子ども」はいません。それは,教師が「課題」や「発問」によって,教科書を高次の「教材」に昇華できたときに,はじめて生まれてくる「姿勢」です。
また,子どもたちの「自己表現」とは本質的なものであり,その完成度を高めてやるのが教師の仕事であるということです。彼らが,生活の中で体験したこと,考えたことのよさに気づき,本当に言いたいこととして自己表出させる手伝いをするのが教師の使命です。
一人の教師の「主観」(限られた経験)で対応するのではなく,複数の仲間や先輩,家族といった「主体」にまで広げてやることで,彼ら自身が「自己の世界」を深めていくことができます。「深い学び」とは,このように「自己決定される世界」をクモの巣のようにつなげ,広げてやることで獲得されていくものです。よって,個人と集団をどう「補完の関係」にするかが大事です。
読者の皆さんは,小学校の理科の実験で「プリズム(prism)」を通して見た光の屈折に思わず,声をあげたという経験がおありではないでしょうか。ガラス,水晶などの透明な媒質でできた多面体に光を当てると「分散」「屈折」「全反射」が見られます。この「プリズム」は「教材」に置き換えられるように思います。
教科書という素材を,教材にまで高めて「学びのプリズム」を仕組むのです。発問や課題(角度)によって様々に色が違って見えると,子どもたちの目はそれに釘付けになるはずです。教師自身が知的好奇心をもち,「屈折率」の異なる教材を工夫してやれば,授業がワクワク感でいっぱいになるのではないでしょうか。それこそが「最高の生徒指導」になるように思います。