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新学習指導要領の「新機軸」とは何か(前編)
中嶋洋一(関西外国語大学教授)
令和3年度から完全実施となる中学校の「新しい学習指導要領」では,おもに次の3つが新機軸になると考えられます。
これらを踏まえた指導を行うポイントについて,全3回(前・中・後編)に分けて述べていきたいと思います。今回(前編)のテーマは,「思考型の授業を仕組むために」です。
インターネットやAIの普及など,時代が加速度的に変化しています。私たちは10年後にはどうなっているか予測もつかないような流れの中に生きているということです。そのようなときに必要な教育とはどのようなものなのでしょうか。
今回改訂された指導要領は10年先を見越しており,「待ったなし」という文科省の本気度が読み取れます。それは,学力の3要素である「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性」が土台となっており,「主体的,対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)を追究するという内容です。
「主体的」とは,目的を明確にし,何をすべきかを自分で考え,行動できるということです。いかなる状況においても自分で考えて行動し,その行動に責任も負うということです。「メタ認知力」を高めることが,主体性の伸長につながります。よって,教師が教え込むのではなく,自分のことばで説明させてみて「わからない」「言えなかった」を自覚できるプロセスを用意し,そのもどかしさから「わかりたい」「できるようになりたい」につなげることが大事です。
言語習得では,Skill GettingとSkill Usingのバランスが大事です。いくら入力が多くても,実際に使わないのであれば,適切な使い方はわかりません。今までのように「十分に習得してから使わせる」という発想ではなく,赤ちゃんが言語を習得するプロセスのように「使いながら(間違えながら),自ら使い方を学習し続けていく」ことが大切です。
また,入力が少ないのに「出力」ばかりさせていても,高次の言語活動にはなりません。まして,入力と出力をつなぐpractice(「何のため」を意識した有意味学習)が十分に行われていなければ,入力は出力に円滑につながっていきません。
そもそも,ことばは場面でしか意味をもちません。たとえば,I want to go to the U.S.A.と言うだけでは,何のために行くのかという背景はまったくわかりません。しかし,I like MLB very much, so I want to go to the U.S.A.や,I’m learning English because I want to go to the U.S.A.であれば背景情報がよくわかります。
SUNSHINE ENGLISH COURSEでは,平成24年度版からBasic Dialogというコーナーを設けています。これは文脈のないターゲット・センテンスによる導入とは一線を画し,その言語材料がどのような場面で使われるのかを生徒が自然な形で理解できるように,オーセンティックな場面での対話形式で新言語材料を提示しています。
平成28年度版SUNSHINE ENGLISH COURSE 1より抜粋
今,登っているのが「正しい山」であれば,どの生徒も伸びていきます。しかし,教師が「正しいと思い込んでいるだけの山」なら,成果はなかなか上がりません。正しい山かどうかを知るには,次の方法が有効です。
まず,文科省のHPにアクセスして,「中学校学習指導要領比較対照表」(PDFファイル)をダウンロードします(下記URLよりアクセスできます)。外国語は179ページからです。
https://www.mext.go.jp/ content/1384661_5_1_2_1.pdf
手順を説明します。はじめに,現行版(平成20年度版)のほうを読み,それぞれの技能でつけておかなければならない力(キーワード)だと思う部分に下線を引きます。そして,3色(グリーン,イエロー,レッド)の付箋紙を用意します。
「日頃から意識している。定期テストにも出している」ところにはグリーン,「やったり,やらなかったり」というところにはイエロー,「今まで意識したことがなかった。定期テストにも出していない」というところにはレッドの付箋紙を貼ります。
次にイエローとレッドの付箋紙には,「今後,どのような言語活動を仕組むか」「テストにはどのような設問を用意するか」を具体的に書いていきます。
最後にイエローとレッドの付箋紙を剥がし,教科書を開いて「ここでできそうだ」と思われるページにそれぞれ貼っていきます。こうすると,それがリマインダーになります。また,それをもとに教科部会で話し合うことで,その学校全体の「弱点(無意識のうちに避けていたこと)」が見えてきます。こうすると,学校全体で「正しい山」を意識することができるようになります。
教科書はあくまでも「素材」です。食材で言えば「生キャベツ」と同じです。教科書を説明する,日本語に訳す,プリントを用意する,新出文型を使って文脈のない英文を書かせる,といった流れの授業であれば,キャベツの切り方を変えているだけで,生徒がワクワクするような「教材(ロール・キャベツや回鍋肉などの料理)」にはなりません。
「素材」を生かすためには,学習指導要領という「つけなければならない力」「何のために学ぶのか」が書かれているレシピを使って,教師が「名コック」にならねばなりません。名コックは,旬の食材選びから始め,途中のプロセスや段取りを漏れのないように考えて仕込み,食べる瞬間に最高の状態になるように仕上げます。それがプロの仕事です。教師も「教えるプロ」であり,その流儀から学ぶことがたくさんあると考えます。
「正しい山」を目指し,「正しい指導」とは何かを「思考」するプロ教師になることで,クラスの子どもたちがぐんぐん伸びていきます。ある研究発表大会での授業後の「振り返り」をいくつか下記に紹介しておきますので,是非ご覧ください。
次回(中編)は,「思考力・判断力・表現力を高める指導」というテーマでお話しさせていただきます。
A教諭 |
春から取り組んできた中で,4月当初に「生徒を過小評価していた」という点がいちばん大きな反省点です。また,積み木型の授業をパズル型のバックワードデザインの授業に切り替えるという初歩の考え方から苦労と不安を感じたことを覚えています。生徒の成長した姿を見据えて「正しい山を登らせる」授業デザインに取り組み始めると,生徒の取り組む姿勢や授業の雰囲気が大きく変容したことを覚えています。 目指すべき姿を生徒自身がイメージし,一人ひとりがよりよく取り組もうと努力するようになったと感じました。正直なところ,指導方法や改善点を探ることは自己否定になりがちで,不安とストレスを感じる日々も多かったです。しかし,生徒一人ひとりの生き生きとした成長と,無我夢中に取り組む姿を見て,自分が求めている授業デザインの意味や重要性を日に日に感じるようになりました。 夏以降は,生徒自身が高い質を求めて成長しようと取り組み,時間いっぱいやりきる姿も見受けられ,その姿に感動を覚えるとともに,より一層の工夫が求められてくるというプレッシャーと,それ以上のワクワクを感じたように思います。「生徒の力は無限大だ」と心の底から感じることのできた貴重な時間でした。 |
この取り組みを通して,バックワードデザインがいかに大切なのかということを知りました。中嶋先生が言われていた「正しい山を登らせる」ことで,生徒の表情が一気に変わっていったことに驚きました。 2学期以降,「話す」必要性のある場面を設定することで,生徒たちが英語でいきいきと話をしている姿を目にすると「もっと前からこのようにできていたら,もっとたくさんの成長の場面に出会えていたのではないか」と後悔しました。 Picture Describingでもマッピングを使い,自分の力で内容をまとめ,さらに自分の知っている情報や推測したものを付け足して話すことで,生徒の間で笑顔が増えていくのには感動すら覚えました。 生徒のミスを探すのではなく,よいところ探し(四つ葉のクローバー探し)をすることで,さらに全体が伸びていっていることを実感しています。このような体験ができたことで,生徒とともに自分自身もたくさんのことを学ぶことができました。 |
B教諭 |
C教諭 |
研究発表までの取り組みを通していちばん感じたことは,教師と生徒がゴールを共有していることの大切さです。11月の研究発表会で日本文化の発表を行うというゴールを生徒に伝え,単元を通して生徒と一緒にゴールを目指したことで,お互いにやるべきことをはっきりと意識しながら,授業に取り組めたと思います。 また,課題設定においては,生徒が「できる」課題を与えるのではなく,生徒が「できるようになる」ために,どう活動を組むか,フィードバックをするかということが教師の仕事であると改めて実感しました。6月にディスカッションの問いをペアに投げかけてもなかなかことばが出ない状態からスタートしましたが,チャットを練習するうちに生徒たちはみるみる英語で「やりとり」をすることに慣れていきました。 本日の授業で生徒がいきいきと,インタラクティブにプレゼンテーションをする姿を見て,小さなステップを踏ませ,フィードバックを積み重ねることで生徒はいくらでも伸びていくことを痛感しました。 |