第8回 「読めたつもり」に終わらない

1. リーディング指導

 リーディングとひと言で表現しても,精読,速読,多読から音読まで様々な読み方があります。しかし,同じ英語の授業でも,高校では精読を指し,中学校では音読を指すことが多いようです。中学校では教科書の英文も短くまたやさしいため,「深く読もうにも,読みとる内容がそれほどない」と,精読や速読など黙読の指導はほとんど行わず,オーラルでの導入から言語材料の定着活動,そして音読,ペア活動へと流れる授業も多く目にします。

 でも,そのような授業では,いつ,高校入試や英検の長文問題を生徒が一人で読むことができる力を育てるのでしょうか。また,中学校の教科書のようなやさしい英文の場合は,黙読指導は必要ないのでしょうか。あるいは,生徒たちがノートの左に英文,右に日本語訳を書いてきて,授業でそれを確認するというのがリーディング指導なのでしょうか。

2.「読めたつもり」とは

 次の対話文を見てみましょう。これは現行版Sunshine English Course 1(平成18年度初版発行)で最初に文字が出てくる14~15ページの英文です。

Yuki: Hello, I am Yuki. Nice to meet you.
Andy: Hello, I’m Andy. Nice to meet you too.

 意味はそれほど難しくはありません。日本語で確認すれば,

由紀: こんにちは,私は由紀です。はじめまして。
アンディー: こんにちは,僕はアンディーです。
こちらこそ,はじめまして。

となります。しかし,このように日本語に直すことができれば,この英文が「読めた」と言えるでしょうか。たとえば,次のような質問を投げかけられたらどうでしょうか。

  1. 由紀とアンディーはこれまでに会ったことがあるでしょうか。
  2. 由紀はなぜ,SAYAMA Yukiとフルネームで名乗らなかったのでしょうか。

Sunshine1 pp.12-13 1.は比較的簡単です。Nice to meet you.からもわかるとおり,2人は初めて会いました。では,2.はどうでしょうか。12~13ページ(右図)にはパーティーの様子が描かれていますが,立食でインフォーマルな会のようです。そんな中で由紀はマイクにすすめられて,勇気を出してアンディーに話しかけます。おそらく,友だちを作ろうと思って話しかけていますので,よそ行きの感じがするI am SAYAMA.とか,丁寧なI am SAYAMA Yuki.という表現を避けているようです。

 この他にも,Hello.という出だしの挨拶言葉も,Good evening.などよりもくだけていて,より親しい距離を作ろうという気持ちが表れています。たった数行の英文ですが,日本語に訳して「読めたつもり」になっても,新たな質問を投げかけると,さらに深い読みが必要であることに気づきます。

3.「深く読む」ということ

 英文を「深く読む」ということは,「細部まで細かく読む」ということではありません。たとえば現行版Sunshine English Course 2(平成18年度初版発行)のPROGRAM 10 Her Dream Came True.(p.82)を例に取ってみましょう。

Sunshine2 p82-1

 この英語のカードには,たくさんの情報が入っています。(1)春日めぐみさんが中学生であること,(2)お父さんが亡くなったこと,(3)お父さんが海外旅行をしたいと願っていたこと,(4)生前,お父さんが忙しかったことなど。

 この情報はどれも大事です。しかし,これらの細部の情報がどれだけわかったとしても,春日めぐみさんがこのカードを書いた目的がわからなければ,カードを受け取った人の「読み」としては不十分です。めぐみさんがいちばん伝えたいのは,おそらくI would like to send this teddy bear, Mack, around the world in his place. Would you please take him with you? Then, please pass him on to another person.の部分でしょう。

4.「深い読み」へと誘う発問

 発問には様々な分類方法がありますが,大きくは,(1)Facts Finding, (2)Inference,(3)Generalizationと分けることができます。Facts Findingは「明確に述べられている情報」に関する質問,Inferenceは「テキスト情報と背景知識などを統合することで理解することのできる情報」に関する質問,Generalizationは「テキスト構造や文章表現」に関する質問です。

 上記,Her Dream Came True.の英文では,たとえば次のような例が挙げられます。

(1) Facts Finding: What did Megumi’s father want to do?
(2) Inference: Why did Megumi make Mack travel abroad?
(3) Generalization: What is the main purpose for writing this card?

 教師が発問する場合は,生徒のつまずきや理解のレベルを把握したり,また,メインアイディアを特定させるなど,深い読みへと誘うこともできます。生徒に合わせて質問の内容や難易度を変えていくことが大事です。一方,生徒が自分たちで質問を作ることもできます。たとえば,英文を読む前に質問を作成すると,ブレーンストーミングの役割を果たします。また,読解後に作成する場合は,英文内容の理解をさらに深める役割を果たすでしょう。

5.内容理解のための音読

 中学校でよく行われる音読指導についても,目的をしっかりと伝えずに行うと,何度大きな声を出して読んでも英文の内容理解は深まりません。国語の授業でも英語の授業でも教室でだれかを指名して読ませ,そのあとで,「で,どんな内容だった?」などの質問をすると,「読むのに夢中だったのでわかりません」という答えが返ってくることがしばしばあります。

 ここで言う「読むのに夢中」とは何に夢中だったのでしょう。おそらくこれは,「きれいな日本語や英語で淀みなく発音すること」に夢中だったのではないでしょうか。だからこそ,そんなに夢中に読んでいても,内容は読みとれなかったのです。

 なぜ,このようなことが起きるのかというと,特に英語の授業では,音読指導は,その発音や流暢さの指導に重点が置かれ,声を出して読んだあとの先生のコメントも,英語の発音に関するものが多いからです。

 内容を読みとるような音読を,どの生徒も少なくとも5回はすることによって,英文が目や耳から生き生きと入っていきます。「音声のみ重視」から「音声も内容も重視」する音読指導を行わせるには,たとえば,授業の中でペアで向かい合い,教科書を閉じた相手に向かって「内容を伝えるように読む」活動も有効です。

6.本文に関連する英文での発展

 教科書の本文には様々なテーマが取り上げられます。1つひとつのPROGRAMを学んだあとで,その本文に関連する内容の英文を読むことは読解力を高めるうえで極めて有効です。英文でも日本文でも文章を読む際は,そのテーマに関する背景知識が必要となります。同じジャンルやテーマ,あるいは同じ著者による英文を読むと,1つ目よりは2つ目のほうがやさしく読めるような気になるでしょう。それは,1つには,既に前に読んだ文章(たとえば教科書本文)で,必要となる背景知識を得たことがあります。また,既に読んだ文章で興味・関心が高まっていることが,次の英文の読みにプラスの作用をしていることもあるでしょう。

 いくつか同じテーマに関する英文を読んだあとに,それらの英文で大事だと思われる箇所を残しながら要約してみたり,自分の言葉で再話してみたり,頭に残った表現を使って英文を書いてみたりする活動も,英文を頭に残すうえで有効な活動です。

 教科書の英文には,それぞれ読み手である生徒たちへのメッセージが含まれています。それは時には英文に明示的に書かれているでしょうが,時には行間に示唆されているかもしれません。そのメッセージを読みとれたときに初めて,英文を「読めた」と言えるのではないでしょうか。

卯城祐司 (うしろゆうじ)
卯城祐司北海道の公立高等学校3校,北海道教育大学釧路校を経て現在は,筑波大学大学院人文社会科学研究科教授。博士(言語学)。専門は英語教授法全般,リーディングおよび第二言語習得。小学校英語教育学会会長,関東甲信越英語教育学会会長,全国英語教育学会副会長, 語学教育研究所評議員。文部科学省「『英語が使える日本人』の育成のための戦略構想」,「外国語能力の向上に関する検討会」委員などを務める。
主な著書
『英語で英語を読む授業』『英語リーディングの科学:「読めたつもり」の謎を解く』(以上編著・研究社),『新学習指導要領にもとづく英語科教育法』(共著・大修館書店),『平成20年改訂 小学校教育課程講座 外国語活動』(共著・ぎょうせい),『図解で納得!英語情報ハンドブック』(ぎょうせい)ほか多数。