第6回 入門期の指導―小学校の英語活動を踏まえて―

0. はじめに

 小学校(高学年)では,本年4月から「外国語(英語)活動」が本格的にスタートします。それに先駆けて2009年度と2010年度には,移行措置として外国語活動がほとんどの小学校で実施され,必修化に向けて準備が進められてきました。したがって4月には,小学校で2年間以上の外国語活動を経験してきた新入生が中学校に入学してくることになります。本稿では外国語活動を経験した新入生を想定した入門期の指導について考えます。

1. 小学校英語の効果

 外国語活動は年間35時間,基本的に週1回の授業です。それによって日本の英語教育が大きく変わるとは考えにくいのですが,学校教育の営みの中で行われる以上,何らかの教育効果が期待されるはずです。ところが教師の間では,小学校英語の効果に対する意見は分かれていて,英語活動を指導した小学校教師からは「手ごたえを感じた」という声が多く聞かれる一方,中学校教師には,「小学校英語には効果を期待できないから,これまでの自分の教え方は変えない」という人も少なくありません。

2. 異なる「英語の学び」

 このように小・中教師の小学校英語の効果のとらえ方には食い違いがあるようです。その相違は学習指導要領に示された小・中の「英語の学び」の違いに起因しているように思われます。体験を重視してコミュニケーション能力の「素地」を養う小学校英語の学びは,場面,表情,ジェスチャーを手掛かりに大まかに相手の言いたいことがわかり,自分の言いたいことを伝えるトップダウン式です。コミュニケーションを通して,英語を使いながら身につけるので,英語のルールに関する説明はありません。
 一方,4技能の習得を目指してコミュニケーション能力の「基礎」を養う中学校の英語には,注意深く配列された文法シラバスによる習得目標があります。生徒は説明を聞いて英語のルールを理解したうえで,定着を図るためにコミュニケーション活動を行います。明示的,分析的に英語を理解し産出するという,基本的にはボトムアップ式の学びです。
 さらに小学校は「コミュニケーションから習得へ」,中学校は「習得からコミュニケーションへ」というように学びの方向性が逆です。そしてそれぞれが,入口であるコミュニケーションと習得をより大切にしています。このように,小・中の英語の学びにはさまざまな点で相違があります。

3. 違いを乗り越えて

 小・中の英語の違いを乗り越えて,スムーズな接続を図るためにすべきことは何でしょうか。まず不可欠なことは,新入生の英語力の実態を把握することです。なぜなら,文部科学省によって外国語活動の到達目標が示されていないので,指導者,研究者の間で目指すものが一致していないからです。文部科学省発行の『英語ノート』によって指導内容はようやくある程度標準化されましたが,出身小学校によって異なる期間,異なる内容の英語活動を経験してくるので,「小学校では何をどこまでやっていて」,「中学校では何をどこから始めるのか」をはっきりさせなければなりません。ここではチェックポイントとして4つの点を検討したいと思います。

(1)聞き取り力

kokuban 生徒は小学校で,発話の中でポツポツと聞き取れた単語をつなぎ合わせ,状況の助けを借りて大まかに内容を推測するトップダウン式の聞き取りを通して成功体験を積んできます。英語を聞き取れている気になって入学してきますので,実際にどの程度の聞き取り能力があるのかを確認します。イラストや写真を使って教師が生徒に話しかけて反応を引き出したり,教師の発話を聞いてタスクに解答させたりして確認することができます。その際,生徒に「小学校のときは理解できていたはずなのに,中学校の英語はわからない」という失望感を抱かせないために,生徒が『英語ノート』で慣れ親しんできた内容やタスクの形式を取り入れるとよいでしょう。

(2)発音の正しさ

 小学校では英語教育の専門家ではない学級担任が英語活動を指導することが多く,また習ったことが定着しているかどうかのチェックもありません。そこで,生徒がどの程度正しい発音を身につけているかを早い段階でチェックしておく必要があります。それには生徒が小学校で触れたカタカナ語を利用することができます。カタカナ語は生徒にとって親しみがあり,日本語と英語の対比がわかりやすいので,取り組みやすい教材です。英語らしい発音を聞いて理解できるか,英語らしく発音できるかをチェックします。

(3)単語力

 小学校英語では児童に身近な話題を取り上げることが多いので,たとえば,家庭用品,文房具,動物や虫の名前など,中学校の英語教科書ではあまり扱われない語彙に生徒が触れていることが考えられます。筆者の行った調査では『英語ノート』の語彙のうち,現行の中学校教科書 SUNSHINE 1,2,3の語彙に占める割合は23%程度です。中学校教科書では有効性や頻度を重視して汎用性の高い語彙を学びますが,小学校英語の語彙はそれとは異なった様相の語彙です。そうした語彙の習得状況をチェックするには,たとえば,写真やイラストを使って家庭,教室,屋外の場面を設定して,インタラクションを通して生徒の語彙知識の広がりを把握します。

(4)文の生成力

swimming 文の生成力の把握とは,文レベルの表現を生徒がどのようにして身につけているかを確かめることです。たとえば,『英語ノート』に出てくる I like apples. や I can swim. という表現を,生徒が決まり文句として丸ごと覚えているのか,あるいは文の一部を入れ替えて,操作して使える状態で身につけているのかを確認します。その結果を踏まえて,「ことばのルールの内在化」へどのように導くのかを検討します。

4. なめらかな接続に向けて

 生徒には小学校英語と中学校英語の境界はないのですから,中学校では入門期の生徒の不安を取り除き,楽しいと思わせて英語を好きにさせるための工夫が欠かせません。以下,小・中のギャップを感じさせずに,スムーズに中学校英語へと移行する方法を考えます。

(1)既習事項の整理

 生徒が小学校で身につけてきた英語を,新しい視点からとらえ直します。たとえば、生徒は「ごきげんいかがですか」を「ハウアーユー」とパターンで覚えていますが,それが “How are you?” であることを知りません。そこで,これまで当たり前のように使ってきた「ハウアーユー」の正体を明かします。中学校英語の視点から既知の事柄を整理して知的興味を刺激し,中学校英語は小学校英語とは違うという期待感を高めるようにします。

(2)発音

 正しい発音の習得には,計画的,継続的な指導が必要です。特に入門期にはある程度集中的に,日本語と英語の違いを明示的に説明したうえで,違いに意識を向けた練習をします。そうした練習を経験すれば,教室の外で一人で発音練習をする際に自立して練習できる力が育ちます。ただし教室では,個人の発音を取り上げて修正することはしません。通じることを大切にする小学校英語では発音を修正することはほとんどないので,小学校では通じた発音が中学校で直されるとやる気をそぐこともありますから配慮が必要です。

(3)単語

 上述のように,小学校では中学校とは様相の異なる語彙を習得している可能性があります。これらの語彙を小学校で学んだきりで中学校で使う機会がないというのでは,英語教育の連続性の観点から効率的ではありません。生徒が小学校で身につけた語彙は,アクティビティやティーチャー・トークに織り交ぜてくり返し活用します。小学校英語の復習にもなり,知っている単語があることで自信をもって活動に参加できます。

(4)文字と発音

 英語の各文字は1つの音に対応しているわけではなく,アルファベットの文字と発音の関係は複雑です。英語の音に慣れていて,アルファベットを聞いて読み,ローマ字の知識もある新入生には,早い段階でアルファベットの文字と発音の関係に注意を向けるフォニックスの基本を導入することは有効でしょう。生徒が小学校で経験した親しみのある単語を使って,フォニックスの基本に触れることで,知的興味をくすぐり,文字と発音の関係に注意を向けるきっかけをつくり,これから始まる綴りの学習に興味をもたせます。

(5)文字

 文字については,『英語ノート』では,アルファベットを見て「聞く」「読む」活動に留まっています。そのためピアジェの言う「形式的操作期」に入っている中学校の新入生は,書くことに強い関心をもっていることでしょう。従来は,英語の音声に慣れることに割いていた中学校入門期の時間を,今後は文字の指導に回すことができるのですから,ゲーム活動を取り入れながら文字学習に対する生徒の興味を維持しつつ,これまで以上にゆっくり時間をかけて丁寧に指導したいものです。

 以上の事柄を踏まえ,Webマガジン第9回では,実際の教材を示しながら,具体的な入門期の指導例を紹介します。

西垣知佳子 (にしがきちかこ)
西垣知佳子千葉大学教授。教育学部で小・中・高の英語教員の養成を担当。専門はリスニングと,語彙の学習と指導。「英語力」「授業力」「言語・文化の知識」を備えた英語教師の育成を目指す。人は生涯学び続けるもの。学生には学んだことに自分の視点を加えることで,英語教師としての実力を身につけてほしいと思う。
主な著書
『デイリー英単語 あら・かるた』(開隆堂),『リスニングが上達する!CD付英語楽習マガジンNon Stop English Wave』(日本英語検定協会),NHKラジオ講座『英語リスニング入門』番組講師(2002年~2004年)など。