小学校英語の今とこれから

1. はじめに

 平成20年3月に新しい小学校学習指導要領によって外国語活動が必修化され,平成23年度に全国の小学校で全面実施が始まってから,4年あまりが経ちました。昭和の終わりに国の審議会で英語教育の開始時期について検討が始まって以来,実に30年の歳月が流れました。今では,「外国語活動」という名称は小学校のカリキュラムにしっかりと根付いて,毎日,校舎のどこかで英語の歌,ゲーム,ごっこ遊びなどのさまざまな活動を通して,英語と笑い声が聞こえるのがあたりまえの教室風景になってきました。小学校の先生方もはじめはおそるおそるだったようですが,今では各地で熱心な先生方による自主的な研修会,ワークショップなども立ち上がり,小学校英語が新しい教育の流れとして,さらに大きく,強くなりつつあると感じられるようになりました。以下では,小学校英語の今までをふり返って,これからの小学校英語のあり方について考えていきたいと思います。

2. グローバル化の動きの中で

 最近の日本では,2020(平成32)年の東京オリンピック・パラリンピックを見据えて,すべてのことに拍車がかかっているように見えます。社会のグローバル化に対応するために,国の英語教育改革実施計画を受けて,初等中等教育の段階からグローバル化に対応する教育環境づくりを促進するため,小学校英語の拡充が図られようとしています。小・中・高,さらには大学まで続く英語とのつきあいをどのように進めていくのか,入門期を早めることによって,より高度な外国語コミュニケーション能力を養うことが期待されているようです。グローバル化の波に乗って,英語の重要性はますます大きくなると思われます。
 子どもたちにとって,小・中・高・大と続くこれからの長い英語とのつきあいの中で,小学校の外国語活動担当の先生は,野球にたとえれば,先発投手にあたります。先発投手の役目は何かと言えば,それは「試合を作ること」です。ただし,プロ野球のように最初から全力投球の剛速球で打者をキリキリ舞いさせて震え上がらせることをねらったものではありません。腕に覚えのある先生が時にやってしまうのが,得意の英語で子どもたちを置いてきぼりにすることです。これは避けたいものです。
 外国語活動では,英語という外国語を通して,コミュニケーションを図ろうとする態度を育て,初歩的な外国語の音声や表現に慣れ親しむことを通して,コミュニケーション能力の素地を養うことが目標です。小学校外国語活動という「ゲーム」を,個人で,ペアで,グループで,学級全体で,いかに楽しいものにしていくか,担当される先生方のゲーム作りの手腕にかかっています。現在,国で検討されているように,教科化が決まり,開始学年が低年齢化した場合,今までの英語活動,外国語活動にはなかった,テストの実施や数値による評価,音声だけでなく文字の導入など,学習内容の高度化が取り入れられることでしょう。英語への自信のなさから,さらに不安になってしまう先生方も多いのではないかと推測されます。しかし,小学校の先生方は子どもたちに寄り添い,子どもたちの心をつかんで一緒に英語を楽しむ天才です。子どもたちの英語の力を伸ばすために,中学校以降ではたくさんの安全ネットが用意されています。今,小学校でできることは何か,さらに小学校でやっておかねばならないこと,小学校でしかできないことは何か,小学校英語担当者としての自覚と責任が問われるところでしょう。

3. 中学校英語とのつながり-教科書づくりから

 小学校外国語活動と中学校英語をどのようにつなぐのかは重要なことです。以前のように,中学校1年生が英語についてはほぼ無垢の状態で入学してきたころと違って,ある程度,英語に慣れ親しんだ状態で入学してきます。しかも,先進的な取り組みをしている小学校とそれほど活発ではない小学校からの生徒が一緒になる場合,ややレベルに差があることがあります。そこで,中学校の英語教科書では,特に入門期に,いかに小学校との接続を図るかが大事になってきます。たとえば,英語を使う雰囲気を大事にしている小学校外国語活動では多くのクラスルーム・イングリッシュが使われています。中学校でも授業は英語で行うことを基本にすることになってきますので,教室内での英語使用は生徒がよく耳にする,あるいは生徒が口に出して使えるような英語表現を示しておく必要があります。たとえば,平成28年度版Sunshine English Courseでは,特に入門期に多くのページを割いて,教材やそれを通した活動の小学校との継続を重視しています。場面に合わせて友だちや先生とやりとりができるように,あいさつを中心にした表現が挿絵とともに多く示されています。

1年生pp.6-7

Let’s Start①(1年pp.6-7より)

 また小学校英語に出てくる多くの単語はものの名前を表す名詞が中心であることから,町の中の会話として,駅やスーパー,学校などの生徒にとって身近な場所を表すイラストと,それを表す英語が添えられています。

1年生pp.8-9

Let’s Start②(1年pp.8-9より)

 ほかにも,身の回りにあるものの英語として,店で売られているいろいろなものの名前が示されています。

1年生pp.10-11

Let’s Start③(1年pp.10-11より)

 さらには中学校英語での文字の導入を考えて,アルファベットに慣れる活動,アルファベットの文字と発音の関係に注意させる活動,アルファベットの大文字に加え,小文字を「1階建て」,「2階建て」などのわかりやすいことばによる説明で表して文字の自然な導入を図るなど,1年生用PROGRAM 1は,すべて小学校英語との接続を自然に行うことができるようにデザインされたレッスンとなっています。

1年生pp.14-15

PROGRAM 1-1(1年pp.14-15より)

1年生pp.16-17

PROGRAM 1-2(1年pp.16-17より)

 このように,生徒は今まで外国語活動で行ってきたことがくり返されていること,それがそのまま使えることで大きな安心感をもつことができ,入門期の不安の軽減につながることでしょう。
 小学校英語でふれてきた多くの英語表現を用いて,中学校ではそれらをさらに文法的に正確で,かつ場面において適切なものにすることをねらいます。また,「聞く」・「話す」活動に加えて,「読む」・「書く」活動も加えた4技能の指導が求められていることから,ここからは中学校の英語の先生方のさらに知的な専門性が活かされることになります。こうして少なくとも小・中5年間のタテのつながりができあがることになります。

4. 他教科とのつながりも大切に

 小・中のタテのつながりとともに大事なことは,小学校のほかの教科・領域とのヨコのつながりでしょう。外国語活動は学級担任が担当することが多いので,同じ先生が外国語だけでなく,国語,算数などの他教科を合わせて担当することが一般的です。英語をはじめ,他教科を通して,どのように子どもたちを育てていくのか,その中で英語でしかできないことは何なのかを考えるよい機会になるでしょう。最近の日本語の世界には,多くのカタカナ語があふれています。小学校の国語教科書にも,カタカナ語が多く見られます。日本語を豊かにしている外来語の特徴を知ることや,外来語を日本語に直そうと葛藤することは,子どもたちのことばの力を高めるのに大きな意味を持つでしょう。たとえば,動物の鳴き声を表す擬音語を日本語と英語で示せば,世界には同じ音を全く別の音として聞き取る人がいるということを認識させることができ,広い意味での異文化理解につながるでしょう。すべて同じでなければいけないと考えるのではなく,いろいろな違ったものの見方があることを認めるのは,心が柔軟な小学校の時期が適切でしょう。早い時期にその違いに気づかせることに,小学校英語の存在意義の一つがあるのではないでしょうか。

5. 子どもたちのために

 英語に触れる体験は,総合的な学習の時間の一部として全国で試行された時代からはじまり,これからより低年齢化しそうな動きになってきました。この動きは東アジアをはじめ,世界的なものです。その始まりの段階でどのようによいスタートを切ることができるか,また,中学校に入っても英語とのよいつきあいができるかは,小学校でどのような体験をしたかにかかっていると言えるでしょう。小学校からバトンを受ける中学校,高等学校が一丸となって,子どもたちが将来,小学校で英語に慣れ親しんできてよかったと思えるような,そんな未来に向けた外国語活動を実践していただきたいと思います。「自信を持って」英語を楽しむことができるように,がんばっている小学校の先生方,そしてそれを支援されるすべてのみなさんにエールを送ります。

 

深澤 清治 (ふかざわ せいじ)
深澤 清治 広島大学,山口大学を経て,現在は広島大学大学院教育学研究科教授。博士(教育学)。中・高の英語科教員養成および研究者養成を担当。専門は英語教育学。特に異文化語用論能力の発達を中心とした第二言語習得,異文化コミュニケーション,英語教材の分析・開発,などを研究テーマとする。授業を通して「英語を教える」とともに,「英語で人を育てる」ことを大切にしたいと思っている。
主な著書
『新しい学びを拓く英語科授業の理論と実践』(共編著・ミネルヴァ書房),『教師教育講座第16巻 中等英語教育』(編著・協同出版)など。