第2回 小学校「外国語活動」の基礎知識

0. はじめに

 2年間の移行期を経て,平成23年4月から小学校で「外国語活動」が全面実施されます。平成24年度には外国語活動を年間35時間体験した新入生が中学校に入学します。本稿では,小学校英語の全面実施に備え,小学校英語に関する基礎知識を整理します。なお,ここでは文脈によって「小学校外国語活動」と「小学校英語」を使い分けてあります。

1. 小学校で英語を始めることの意義は?

 母語である日本語を習得するように英語を身につけることができれば理想的です。日本語の場合,小学校入学の前に発音を習得し,単語の意味を覚え,話し言葉を理解します。すなわち日本語では耳で聞いてわかることに対して「読む・書く」の学習が始まります。一方英語は,日本語とは発音も文字も文法も異なるため,日本人にとって習得に時間のかかる難しい言語です。それにもかかわらず,従来は「聞く・話す・読む・書く」の4技能の学習を,中学校の入学とほぼ同時に一斉に始めていました。こうした入門期の過度の学習負担は,学習内容の消化不良を引き起こしかねません。英語嫌いが生じるのも無理はないというものです。

 小学校で耳を通して英語に慣れ親しむ機会が生まれると,中学校で「読む・書く」の学習が始まる以前に,英語の単語やフレーズを聞いてわかる段階の準備の一助となることが期待されます。小学校英語の導入によって,英語の学習に余裕が生まれることは意義深いと考えます。

2. 小学校英語と中学校英語の目標の違いは?

 新学習指導要領に掲げられた小学校外国語活動と中学校外国語の「目標」を記述した文を,AからEの5つに区切って並べて整理すると,次のようになります。

  小学校の目標 中学校の目標
A 外国語を通じて, 外国語を通じて,
B 言語や文化について体験的に理解を深め, 言語や文化に対する理解を深め,
C 積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り, 積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,
D 外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら, 聞くこと,話すこと,読むこと,書くことなどの
E コミュニケーション能力の素地を養う。 コミュニケーション能力の基礎を養う。

※赤字部分=両者の異なる箇所

 長い文ですが,主要部はAとEで,両者は外国語を通じて,小学校ではコミュニケーション能力の「素地」を,中学校ではコミュニケーション能力の「基礎」を養うことを目標としています。ABCとEは,ほぼ同一ですので,Dの部分が小学校英語と中学校英語の主な違いと言えます。すなわち,中学校では英語を「聞くこと,話すこと,読むこと,書くこと」などの4技能の習得を目標としているのに対して,小学校ではそうした英語技能の習得は目標とはなっていません。楽しく英語のコミュニケーション活動を行い,その体験を通して積極的に英語を使う態度を育成し,無意識のうちに基本的な英語の音声や表現に慣れ親しませることを目標としています。英語力は間接的に身につけるという扱いです。学習指導要領に掲げられた両者の目標の違いによって,小学校英語と中学校英語の教え方は大きく異なることになります。

3. 教え方の違いは?

 中学校では,実際の場面で使える英語力の育成を目指して,英語のしくみが知識として定着するように文法構造を指導します。教材は通常,文法構造の簡単なものから難しいもの,頻度の高いものから低いものへと配列されます。一方小学校では,まず知りたい内容や伝えたい内容があって,その目的を達成するために,場面や機能に適した英語表現を使いながら身につけていきます。「英語ノート 2」(文部科学省)では"What do you want to be?","I want to be a soccer player."という中学校の基準では難易度の高い英語を学びますが,小学校では文法構造の説明はせずに,これをunanalyzed whole(未分析の全体)としてまるごと覚えます。

 筆者の子どもは,幼稚園に入る前の言葉が未熟な頃に,「おのおの方,頭(ず)が高い,控えおろう…」と言って印籠をかざして遊んでいました。私はこれこそが小学校英語の学びだと思います。つまり,「おのおの方」,「頭」,「控えおろう」などの言葉の意味を理解しているわけではないのですが,「ははあー」と言って相手をひざまずかせるときの決まり文句として,長い台詞を機能や場面とセットにしてまるごと覚えているのです。

 小学校英語ではこのようにして,状況と結びつけて英語をまるごと覚えます。そして小学校で決まり文句としてまるごと覚えていた英語を文法の視点から捉え直すのが中学校英語です。まるごと覚えていた「ハウアーユー」は,how, are, you の3語から構成されていることを認識します。かたまりで覚えていた英語が一つひとつの単語として認識されると,次の段階に進んで"How is your father?"と文法操作を伴う運用力へと発展させることができます。

4. 小学校ではどんなことが教えられているの?

 これまで全国でバラバラに指導されていた小学校英語は,『英語ノート』によって,ある程度のガイドラインが保証されるようになりました。しかし,『英語ノート』はあくまでもガイドラインであって,学校や地域の実態に応じて,児童の様子を見ながら,教材を省略,追加することができます。また,外国語活動は教科ではないので,その内容をどれだけ身につけたか評価されることはありません。小学校英語は全国で教材や指導内容が統一されていないこともあり,一定の学習内容が定着しているかどうかの保証もありません。

 しかしながら,小・中の英語教育をスムーズに接続させるには,『英語ノート』の内容を確認することは有効です。『英語ノート』の紙面はイラストや写真が多く,文字はほとんどありませんが,文部科学省が発行する『英語ノート 指導資料』を見ると,各Lessonのねらい,目標,扱う表現,チャンツ,学級担任とALTの活動などの詳細な情報が掲載されていて,文部科学省が想定する小学校英語の内容やレベルを知ることができます。

 筆者が行った共同研究によると,『英語ノート 指導資料』で種類の異なる単語(異なり語)がいくつ扱われているかを調査した結果,『英語ノート』の1と2をあわせて児童用386語,教師用728語でした(固有名詞を除く)。さらに『英語ノート』の語彙がどのような意味領域に属する語で構成されているかを,中学校教科書の語彙と比較したところ,『英語ノート』に多かったのは「生物」(例 butterfly, elephant, flower),「娯楽・スポーツ・ゲーム」(例 baseball, dance, swim),「飲食物」(例 juice, lunch, sausage)で,中学校教科書で多かったのは,「抽象」(例 culture, future, purpose),「空間・時間」(例 area, country, early, last),「思考」(例 agree, decide, view)でした。小学校英語は中学校の教科書では扱われる機会の少ない語彙を補うのに役立つようです。分析結果の詳細,『英語ノート 指導資料』に現れた語彙のリスト,中学校教科書語彙との重複などの資料は下記のホームページに掲載していますので,興味のある方はご参照ください。

http://www.e.chiba-u.jp/~gaki/

5. まとめ

 学習者にとっては,小学校英語と中学校英語の境界線はないのですから,異なるアプローチを持つ小学校と中学校の英語をスムーズに接続させる工夫が必要です。中学校の入門期では授業の中で英語によるやりとりを通して新入生の英語力を見極め,自分の指導との調整を図る必要があります。また,小学校英語の音声指導の成果を引き継いで,聞くことの面から連携を図ることは有効です。小学校で慣れ親しんでいるClassroom Englishの表現を広げたり,英語を聞いて体を動かすTPRの活動を行ったりなどの工夫もできます。そして徐々に文字,文法,正確さを取り入れた中学校の英語学習へとつなげていくのが望ましいでしょう。

参考文献

中條清美,西垣知佳子(2010)「小学校『英語ノート』の語彙分析」『英語コーパス研究』英語コーパス学会, 17, 115-126.
中條清美,西垣知佳子,宮﨑海理(2009)「小学校5・6年生『英語ノート』の語彙一覧」『日本大学生産工学部研究報告B』42, 99-115.

西垣知佳子 (にしがきちかこ)
西垣知佳子千葉大学教授。教育学部で小・中・高の英語教員の養成を担当。専門はリスニングと,語彙の学習と指導。「英語力」「授業力」「言語・文化の知識」を備えた英語教師の育成を目指す。人は生涯学び続けるもの。学生には学んだことに自分の視点を加えることで,英語教師としての実力を身につけてほしいと思う。
主な著書
『デイリー英単語 あら・かるた』(開隆堂),『リスニングが上達する!CD付英語楽習マガジンNon Stop English Wave』(日本英語検定協会),NHKラジオ講座『英語リスニング入門』番組講師(2002年~2004年)など。